モバイル機器の急激な普及を始めとする技術の発展とともに、「ヘルスケア」分野は、成長著しい分野としてますます注目度が高まっています。

しかし、「ヘルスケア」は人の生命にかかわる分野であるからこそ、法規制の内容が厳しい側面もあり、そのため、関連する法規制やその特性を踏まえた適切なサービスを設計する必要があります。

ヘルスケア分野では、医師法、医療法、薬剤師法、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法。従前薬事法と略されていた法律が名称も含めて改正されたことにより、薬機法と略されるようになりました。)など、様々な法律が関連してきます。また、ヘルスケア分野では、厚生労働省からの通達に従った運用がなされる傾向が強くありますので、このような通達にも配慮する必要があります。

そこで、今回は、4回にわたってヘルスケアベンチャーにおいて法律上よく問題となるポイントを紹介していきます。

そのサービスは資格なく行うことができるものですか?

①ヘルスケア関係の資格

医療従事者として真っ先に思いつくのは医者ではないでしょうか。

医師法第17条は
「医師でなければ、医業をなしてはならない。」

と定めており、これに違反した場合の法定刑として3年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金に処し、またはこれの併科が定められています。(医師法第31条第1項第1号)

しかしながら、医師以外にも、看護師、助産師、臨床検査技師など、様々な医療従事者が存在しています。彼らも、医師の指示のもとに、一定の医行為を業として行うことが認められています。

また、看護師、助産師および臨床検査技師は、それぞれ、その免許を持っている者しか業として行うことができない業務が認められています。

例えば、看護師は傷病者等に対する療養上の世話および診療の補助を、助産師は、看護師が行うことができる業務のほか、妊婦等の保健指導や助産を業として行うことが認められています。
また、薬剤の調剤は基本的に薬剤師しか行うことができないとされており(薬剤師法第19条第1項)、医師や歯科医師であっても一定の例外を除いては調剤することができないこととなっています(同項但書)。

このように、法律上、特定の資格を持った者だけが行うことができる行為の範囲が定められています。

ヘルスケアベンチャーにおいては、自社が行うサービスに特定の資格等が必要でないかを事前にしっかりと確認するようにしておきましょう。

②「医師」でなければできない「医業」とは

ヘルスケアサービスにおいて問題となりやすい法律の規定の一つが上記の医師法第17条です。

同条では、

医師でなければ、医業をなしてはならない。

と定められており、医師のみが医業を行うことができるとされています。

それでは、「医業」とは具体的には何を指すのでしょうか。

「医業」とは、当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(医行為)を、反復継続する意思をもって行うことと解釈されています(「医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について(通知)」(平成17年7月26日付医政発第0726005号厚生労働省医政局長通知)。

つまり、医業とは、医学的判断と医学的技術の両方を要求する行為であって、そのどちらかが欠ければ人体に危害を及ぼすおそれのある行為ということができます。

ヘルスケアベンチャーのサービスは当然のことながら健康に関連するサービスを取り扱うものであるため、自社サービスが上記の定義に該当していないかについては常に注意を払う必要があります。

しかしながら、上記の定義の範囲は必ずしも明確ではありません。

公表されている事例では、①医師の指導・助言を踏まえ、フィットネスクラブにおいて、その職員が運動に関する指導を行うことが医師のみに認められている「医行為」に該当するか否か等を照会したケースについて、医師からの指導・助言に従い、ストレッチやマシントレーニングの方法を教えること等の医学的判断及び技術を伴わない範囲内の運動指導を行うことは、「医行為」に該当しないことが確認された事例(経済産業省①)や、②コールセンターにおいて医療機関を訪れる外国人患者向けに電話通訳を行うサービスが医師法上の「医業」に該当しないと判断された事例(経済産業省②)があります。

いずれの事例も医業該当性の判断が難しかったため、後述のグレーゾーン解消制度が利用されたものと思われます。

したがって、自社のサービスが医業に該当するか明確に判断できない場合には、弁護士に相談する、官公庁に相談する、後述のグレーゾーン解消制度を利用するなどの手段を検討した方が良いものと考えます。

最近のホットトピック~遠隔診療って解禁された!?~

③遠隔診療が認められる要件とは

ご存知の方も多いと思いますが、昨年のヘルスケア関係の大きなトピックとして「遠隔診療の解禁」というニュースがありました。ニュースのタイトルを見ると今まで認められていなかった遠隔診療を行うことが全面的に認められるような印象を受けますが、実際にはどのような内容だったのでしょうか。

そもそも、なぜ、遠隔診療が法律上問題になるかというと、医師法第20条が、医師は自ら診察しないで治療をしてはならないこと、すなわち、対面診療の原則を定めており、患者の居宅等との間で行われる遠隔診療は、この対面診療の原則に反すると考えられるからです。

この医師法第20条を踏まえて、以前の通知(「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療)について」(平成9年12月24日付健政発第1075号厚生省健康政策局長通知)。以下「平成9年遠隔診療通知」といいます。)では、診療は、医師と患者が直接対面して行われることが基本であり、遠隔診療は、あくまで直接の対面診療を補完するものとして行うべきものとされています。

この通知では、「直接の対面診療による場合と同等ではないにしてもこれに代替し得る程度の患者の心身の状況に関する有用な情報が得られる場合には、遠隔診療を行うことは直ちに医師法第20条等に抵触するものではない。」としていますが、その「留意事項」では、原則は直接の対面診療を行うものとし、ただ、

(i)離島、へき地の患者の場合など往診又は来診に相当な長時間を要したり、危険を伴うなどの困難があり、遠隔診療によらなければ当面必要な診療を行うことが困難な者に対して行う場合などの直接の対面診療を行うことが困難である場合、または

(ii)病状が安定している患者に対し、患者の病状急変時等の連絡・対応体制を確保した上で実施することによって患者の療養環境の向上が認められる遠隔診療(この遠隔診療の対象と内容は別表で示されています。)を実施する場合において、

直接の対面診療と適切に組み合わせて行われるときは、遠隔診療によっても差し支えないとされています。

少し長くなりましたが、要するに、今回の通達が出されるまでは、遠隔診療はあくまでも「原則禁止」であり、例えば、離島、へき地の患者を診察する場合など、直接の対面診療を行うことが困難である場合などの限られたケースでのみ、遠隔診療は例外的に許されるのではないかと考えられてきました。

これに対して、今回の通達は、この平成9年遠隔診療通知の解釈に関して、以下の点を明確にしました。

まず1点目は、平成9年遠隔診療通知の留意事項では、「直接の対面診療を行うことが困難である場合」として「離島、へき地の患者」などをあげていましたが、これは「例示」だとしました。これにより、遠隔診療の対象を離島やへき地の患者などに限る必要がないことが明確になりました。

2点目は、平成9年遠隔診療通知の留意事項において、遠隔診療の対象と内容を「別表」で示していましたが、これは「例示」だとしました。すなわち、別表に示した対象以外の疾患も遠隔診療の対象になること、および別表に示した内容以外の診療内容も許されることが明確になりました。

3点目は、「患者側の要請に基づき、患者側の利点を十分に勘案した上で、直接の対面診療と適切に組み合わせて行われるときは、遠隔診療によっても差し支えないこととされており、直接の対面診療を行った上で、遠隔診療を行わなければならないものではない」としました。これにより、直接の対面診療を事前に行うことが必ずしも遠隔診療の前提条件ではないことが明確になりました。

上記の通知により、遠隔診療が利用できるケースは広がったとことは明らかですが、まだ問題もあります。

すなわち、1点目については、「離島、へき地の患者」を例示といったに過ぎません。遠隔診療は、あくまで「直接の対面診療を行うことが困難である場合」にのみ認められるところ、例示された場合以外のどのような場合においてかかる要件を満たすのかについては、依然グレーな点が残ったままです。

また、3点目についても、直接の対面診療を事前に行うことが必ずしも遠隔診療の前提条件ではないことが示されているに過ぎません。「直接の対面診療と適切に組み合わせて行われるときは、遠隔診療によっても差し支えない」との文言からすると、いずれかの段階では対面診療が必要であり、遠隔診療だけで完結させることはできないとも読めるようにも思えます。

以上のとおり、遠隔診療を実施できる範囲については依然グレーな点が残っている状況にあります。この点については今後より範囲が明確化されていくことが予想されますので、通達の改正等の動向を注視していく必要があるものと思われます。

専門家:長尾 卓(AZX総合法律事務所 パートナー弁護士) 
ベンチャー企業のサポートを専門としており、ビジネスモデルの法務チェック、利用規約の作成、資金調達、ストックオプションの発行、M&Aのサポート、上場審査のサポート等、ベンチャー企業のあらゆる法務に携わる。特にITベンチャーのサポートを得意とする。趣味は、バスケ、ゴルフ、お酒。
専門家:小鷹 龍哉(AZX総合法律事務所 弁護士)
弁護士になって以来、適法性チェック、各種契約関係法務、ファイナンスサポートなどを通じて、ウェブサービス、スマートフォンアプリサービス等をメインとするベンチャー企業の挑戦を幅広くサポートしている。特にファイナンスに強い。

ノマドジャーナル編集部
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